最後は感謝で終わりたい。
111231(土)曇り その場所に流れてる音楽が妙に気になる事がある。旅先の駅前の時間調整の為に入った何ということもないカフェで流れて来た70年代前半のポップス。友人が住んでる町で買い出しに入ったスーパーで流れて来た昭和の歌。「この場所でこの曲聴くかぁ〜」場所と曲の関係性が遠い程、シュールで印象深い。
今年、そういう風に気になったのは、佐世保市立総合病院内のレストラン『ジョイナース』に流れてる音楽だった。店の名は「join us」と「nurse」をかけたのだろう。メニューはそう多くはないけれど美味しいし、ガラス張りのフロアーは明るく広々としていて気持ちがいい。病院のレストランとしては、ひとまず十分良いのではと思う。
そこで流れてる音楽だけが気にかかった。音のボリュームも控え目で良いのに、何時、どんな時間に行ってもBGMは「アランフェス協奏曲」それも最初のサビの有名なフレーズが繰り返し繰り返し流れてる。永遠に先に進まないのだ。病院に通い出した今年4月から11月の間。何時行っても、スペイン、マドリード、アランフェス宮殿、穏やかな日射しが当たる永遠の午後の時間…。
やれやれ、一体自分たちは何時になったらこの永遠の午後から出れるのだろう。特に話はしないが、もう顔馴染みになった若きウェイターは、永遠の午後に幽閉されたアランフェス宮殿の忠実な執事のごとく、いつも控えめな所作で自分を迎えてくれる。
「いらっしゃませ。(ようこそ、永遠の午後のアランフェスへ)ダンナ、いつものやつですね、かしこまりました…。」
レストランへは、取り敢えずしばらく行く事もないと思う。それでもフト、今でもあそこは永遠の午後のままなのだろうか?と、思い出しては気になったりする。
もうひとつ印象に残った曲は、母の葬儀会場でバックに静かに流れていたオルゴールの曲だ。自分はその曲の、オルゴールではない原曲を知っていた。2000年代の初め頃出て少し話題になった『Feel』『image』とかいう、ヒーリングミュージックのオムニバスアルバム、シリーズのどれかに入っていた曲だ。最初に聞いた時も何となく印象に残る曲だっだ。だがタイトルは思い出せなかった。自分は母の葬儀の間じゅうその曲のことばかり考えていたように思う。トテモ気になるので式後、早速ネットで調べた。程なく判明。それは韓国の人が歌う『オギヨディヨラ』という曲だった。
韓国と母は特に関係はないが、不思議な語感のこの曲は何故か、歌が好きでいつも鼻歌を口ずさんでいた母の気配を彷彿させた。元気で、超働き者で、愛情深く、太陽のように明るい母は 時々、腸が捩じれ、苦しくて暫く呼吸出来ない程、強烈なギャグを言う人でもあった。今となっては、何がそう可笑しかったのか思い出せないが、とにかく暫く笑いが収まらないことが何度もあった。それを思い出しては、また笑いが込み上げて来そうだ。そういう母へ、最大限の感謝を込めて、その曲を今年の最後に。
遊星測候所惑星日誌、2011年、お付き合い頂き心から感謝致します。どちら様も来年がきっと良い年でありますように。そして世界が平和でありますように。ありがとうございました!(ストレンジ・N)