今年最後の一斉草刈り
惑星ハシグチを大きく2つに分け、上のエリアと下のエリアに別れて道路両脇の草刈り、側溝の清掃をやって行く。
今回はいつもの作業終了後、惑星ハシグチの聖域の一つ「八天様」の近くの竹林と雑木林の一部の「陰切り」というのをやる。
「陰切り」とは、木の枝や竹が大きくなって道路に覆い被さったりして鬱陶しく通行のじゃまになるような所の枝を取り除いたり、木や竹そのものを伐採して見通し良くする作業のことだ。
地域内にある道路。地域の人皆でやる。
朝8時から、お昼後夕方4時まで。その後、ビールと簡単なおつまみ等で軽く打ち上げ。一日結構な作業の後なので、地域の親睦も深まる。
このお酒やおつまみはその年の「肝いり」と呼ばれる、地域から順番で回っている当番2人がお世話することになっている。
その「肝いり」が来年私に回って来る。9年に一度の事だ。肝いりは天役の時は大きな容器に冷えた「麦茶」を用意し、作業の休憩時間に車で上のエリア、下のエリア回らなくては行けない。
それらの要領などを、今の「肝いり」の人に尋ねたりして情報収集もやる。「肝いり」はその年の全ての地域行事をセッティング、お世話しなくてならない責任重大なお役なのだ。既に今から気が重い。
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ラフィキ (水曜日, 30 9月 2009 19:44)
天役・・言い言葉だね。それが生きていること自体、不思議なような気がする。これが若者の足を遠のかせている原因の一つにはならないのかな。
これからのハシグチ・・若者の帰農を十分にした時に、一回りも二回りも大きいハシグチになるのでしょうね。
若い者が入らないと・・後退していく。それを食い止めるべく、惑星ハシグチの発信だったのだろうから・・。
昔の農法を最大限に生かし、その中で農業をPRする。
これから先の挑戦の報告が楽しみです。
planetary-n (月曜日, 05 10月 2009)
ラフィキさま、コメント、いつもいつも、ありがとうございます。 ご返事、一日遅れました。今回も中々鋭い、ご指摘です。一つ一つ見て行きます。
Q、天役が若者の足を遠のかせてる原因のひとつにはならないのかな。 A、十分考えられると思います。こちら戻って来て、実際、天役を含め年間にある会合、その多さに吃驚!此所に住み続ける限りこれが一生死ぬまで続くかと思うと思うと、正直大変な重圧を感じています。一気に10年は年取った気分です。(その様子は、カテゴリー、アーカイヴ、の、フリーペーパー『惑星ハシグチ』に少し詳しいです)。
こういうのが、都市に住んでいる方は分らないかと思います。実際私が分かりませんでしたから。 私は福岡市とその隣の春日市に都合21年住んでましたが、地域の集会など、21年間にほんの2、3回もあっただろうか?4回はなかった気がします。そのうちの殆どは大規模区画整理での立ち退きの補償の話で、慣習ではありません。21年間にですよ。これがコチラは多い時はは一ヶ月に3回位ありますからね~。これ程都市と田舎は違います。
この惑星ハシグチで、天役とかに顔を出す若い人の下限は現在20代が二人です。それから下は数えるくらいしか子供がいません。つまり、この惑星ハシグチが、見事に日本の縮図であり、日本が今抱える問題はたいてい、ここにもあるということです。 今現在、このお二人とも農業以外のお仕事をしています。この辺りは週休2日制は、福岡、東京などからすると、驚く程少なく、殆ど日曜のみです。その日曜に天役はあります。自営でガンガン寝る間も惜しんで働きたい!という人は別にして、多くの人は休みの日くらいゆっくりしたい、そういう日曜日が早朝から天役とその他の地域行事で年間14~5日つぶれます。しかたなく出席してるのでは?と(私は)思います。(それ以外に、どんなに利用価値のない荒れた土地だとしても、面積に関係なく土地を持っているいるというだけで、中山間地の会合。農地水環境の会合、森林組合の会合、営農生産者組合の会合というのが、不定期に、夜にあります)。
では、これを、何かもっと別の方法で、改良しようではアリマセンカ!ミナサン!、なんて、私などが言っても、「ずっといなかったやつが、何をいう」とハナであしらわれるのがオチでしょう(笑)。新米に発言権などありません。
村おこしだとか、町おこしだとか、で、皆で足並みを揃えて、というのは、永遠にまとまらない話だと私は思います。何故ならば、そこに住んでいる人の意識の広がりようは様々。それをやることによって、不利益に思う人もいる訳だからです。なにせ一生、このエリアから出てない人も健在ですから。
planetary-n (月曜日, 05 10月 2009 22:12)
planetary-n (金曜日, 02 10月 2009 04:40)
町おこしとか村おこし、そういう大それたことはとりあえず考えないことにしました。まず、私は出たがり屋ではないですし、自分が、ここの、このような環境でほんの少しでも愉しく暮らせるにはどうしたらいいか?を考えてるにすぎません。 そのひとつの重要なツールとして、この遊星測候所があります。ネットがなかったら、アウトかもしれませんね。ひたすら感謝です。これと手紙等だけでこのエリア外と、からくも繋がっています(笑)。因みにこの遊星測候所、地元惑星ハシグチでは殆ど知られていません(笑)。殆ど話してないですから。
「若い者が入らないと後退して行く。それを食い止めるべく(の)惑星ハシグチの発信だったのだから」 …たぶん、それは少し違います。私は食い止めることは出来ないと考えています。何故ならば、帰農するにはそう魅力的な地域ではないと考えるからです。 既に日本には自然農を中心とした持続可能な社会を目指した先進的な農園が各地にあります、それらはエコビレッジと呼ばれ、実際的に活動してます。 具体的には「食事 ・宿泊場所」と「労働力」を交換する、WOOF japan(ウーフジャパン)のネットワークをはじめ、千葉県鴨川にある鴨川自然王国や、静岡県にある木の花(このはな)ファミリー、沖縄にある、BEACHI ROCK VILLAGE 等、その他多数各地にあります。
この長崎県にもつい最近、『西海元気村』というエコビレッジが現れ、TVが何度か取り上げてました。使われなくなったみかん園を元にしたスゴい計画の場所です。HPがあります。『西海元気村』検索すると出ます。たいへん見やすいHPで画期的な試みをしようとしてます。ここから車で一時間ちょっとです。スゴいと思いました。未だ訪ねてませんが。 まず、若くて農に興味ある人はそういう所へ行くと思います。私がもう少し若くて、家とかのしがらみがなかったら、とっとまず日本中のそういうところ回るかもしれません。
若い人を本当に呼びたかったら、若い人が魅力的に思う田舎の装置が必要だと私は思います。それが現在、そのような動きが特にこの地域から無いという事は、この地域がまだ本気で外からの人の流入を考えてないからだと思います。まだ自分たちでやって守っいこうという意識があるのだと思います。それはそれで素晴らしい。行く所まで行かないと人の意識はかわらないのだと思います。
まず、私一人で自己責任において、勝手にいろいろやって少しでも楽しむだけです。回りからどう思われても特にいいわけです。 もともとちょっと変ですので(笑)。
planetary-n (月曜日, 05 10月 2009 22:17)
notch+i (月曜日, 05 10月 2009 13:55)
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「手間換え」「結い」 それが小学校の頃インプットされたのか、中学校の頃インプットされたのか分かりませんが、私の頭の中には「手間換え」「結い」という言葉がずっとあります。 農村の共同作業形態のひとつという朧気な知識だけで、それが何であるかという確認のないまま今日に至っています。 そうした共同作業形態を維持するためには「地域寄り合い」も必要な制度であったのでしょう。 特に稲作における水利権の確認は重要事項であり、そのための「地域の寄り合い」は必要不可欠なものであったものと想像します。 江戸期における庶民、都市部においても農村、漁村においてもこの国ではかなりの程度で民主的機能が進んでいたという、司馬遼太郎氏の観察を支持しています。
数年前の東京新聞のルポルタージュに、長野県のある村を舞台に、この「結い」の制度を市町村合併から眺めたものがありました。 私はネットでの拝読でしたが、過疎住民の生き方に時には涙を感じながら読ませていただいた記憶があります。 ただ、この「寄り合い」。 Planetary-nさんご指摘のように、給与生活者のスケジュールとしてはかなりハードな一面があるでしょうね。 「行く所まで行かないと人の意識はかわらない」至言だと思います。 必要な場所には必要な創造が必ず行われるはずです。 もうひとつ至言。 「勝手にいろいろやって少しでも楽しむだけ」 自分が楽しめなければ本来の地域活動はできないはずです。 楽しんで下さい。(笑)
planetary-n (月曜日, 05 10月 2009 22:33)
notch+iさま、コメントありがとうございます。
notch+iさま、ごめんなさい。その前の自分のコメントの間違いを訂正する為に、一度削除して再掲しましたら、当然コメントの順番が違って来た手前、notch+iさまのコメントも一度削除して再掲しました。そうするとコメント削除という文字が勝手に出てしまいました。消えません。ごめんなさい。
ありがとうございます。楽しく過ごしていきます。