黄昏に翅を休めて

ジャコウアゲハ ~ 橋口昆虫少年譚 1

100520(木)小雨〜晴れ 夕方、畑に用事で行った時に、道側の野草に黒いアゲハチョウがゆっくりと翅を休めていた。これはジャコウアゲハ。黒っぽいのでオス。メスはもうすこし白っぽい。オスは黒アゲハという別の種と間違われそうだが、ジャコウアゲハは全体にスリム。横幅がないので判る。とくに珍しい種でもなく、このあたりは春夏、普通にいる。

翅を休めているのか、かなり近づいても全く逃げない。

裏側に回って相当近づいて「一枚撮らせてね〜、どうしたの…今日はここでお休みするの?」ジャコウアゲハとしっかり眼が合ってしまった。

 

                ★

 

私は、少年の頃かなりの昆虫少年であった。その発端は、その当時小学校で取っていた学研(学習研究社)の雑誌『学習』か『科学』だったかの、その年の夏休み前の号に、付録で付いていた昆虫カードだ。基本的な昆虫の画像と生態がカラーイラストで書いてあるB6くらいのカードだったと思う。(これは 今でも探せば、家の中の何処からか出て来ると思う)

 

田舎の少年にとって、当時のTV(1960年代後半〜’70年初め)のCMで流行っている「オモチャ」などは、田舎ゆえ、中々このあたりまでは出回らず、そうとう月日が流れてからやって来たりする。なので、TVCMはリアルではなくTVの中だけの、少し距離のある世界だった。今は物流が進み、都市も田舎も等しくモノが入手出来るが、当時はそうではないのが当たりまえの時代。つまり、リアルタイムで味わうことがわりと難しかったのだ。

そんな中、こと自然のモノに関しては都市より当たり前だが、恵まれていたと思う。昆虫カードが良い例で、これに載っている昆虫を都市で探すのはかなり難しい。しかし、田舎は違う。私の家のように山の中にあるような環境だと、カードの殆ど全ての昆虫がいる。

 

例えば、ノコギリクワガタ。たいてい「〜明るい雑木林に居る、クヌギやコナラ等の樹液を好む」とか書いてある。親に「雑木林って何? クヌギってどれ?」で、日陰ではない明るい雑木林の少し古いクヌギの樹を探すと果たしてちゃんと、ノコギリクワガタや、カブトムシがいる。このリアル感が少年を虜にする。

 

「ホントにいるんだぁ〜!」 本当に書いてある通りのところに居るのが嬉しく、また驚き!それから、砂に沁み入る水のように、昆虫に対する知識をまっさらな頭が「もういい〜」と、臨界値になるまで怒濤の如く吸収していく少年だった。

カブトムシなどの甲虫類やトンボの脈翅類もそれなりに知っているが、中でも魅了されたのは蝶類だった。アゲハチョウの種類では、カラスアゲハ、その中でもミヤマカラスアゲハが一等好きだった。この蝶の美しさは日本一だと思う。また、タテハチョウ科も好きで、中でもヒョウモンチョウ類が大好きだった。

 

何故ヒョウモンチョウ類が好きだったかというと、ヒョウモンチョウ類は、日当りのいい気持ちの良い高原や草原に多いからだ。日陰にはあまりいない。日本に 8属14種類あると云われるヒョウモンチョウ類はその殆どが橙色の羽をしていて、日当りの良い緑の草原をバックに飛翔するととても美しい。全て少し小振りの蝶なので可愛いらしい。気持ちのいい場所のスミレや可愛い小さな花にやって来て、その場所が幸せな感じがする。自分はたぶんそういう場所が好きなのだと思う。

 

九州では阿蘇高原のような場所、本州では信州、蓼科高原や車山高原、あるいは美ヶ原高原、広々と空も高く、なだらかな丘陵の高原が続く風景…。多分、今住んでいる所の反動として憧憬するのだと思う(笑)。

長崎県の平地でよく見られるヒョウモンチョウの代表は、ツマグロヒョウモンチョウだが、これはたいてい何処でも見られる。ヒョウモンチョウの大半はもっと高度が高い涼しいところにいる。高山蝶、高山植物がそうであるように、一部のヒョウモンチョウは今やレッドリスト(絶滅危惧種)なっている…。こういう普段見かける事が出来ない種類の蝶が、ひと夏の間、どういう訳かこのあたりにも飛来して来ることがある。

 

それらを捕まえた時の興奮は何とも言いようがない独特の気配がある。何処かに自分の知らない高く美しい山があり、これらは其処から飛んで来るのではないか?という幻想にいつも取り憑かれていた。ユートピア、無可有郷、或は須弥山幻想とでもいうものかもしれない。(或はラピュタ?)

 

そこには懐かしい人たちが平和に暮らしているハズ…。自分はそこに行きたいと思っている。夜の夢の中ではこの近くに在るはずなのだ。だが現実には何処にもない…。そういうイメージだった。唯一、時おり飛来する見かけないヒョウモンチョウが、その幻の高山からの使者に思え、その山が確かに在ることへの証拠に思えて仕方がなかったのだ。

 

惑星ハシグチの風景は、そんな、訳のワカラナイ空想癖の昆虫少年をも(笑)、寛大に育んでくれていた。ひたすら感謝でアル!

 

 

往時の少年、憧れの昆虫図鑑!(保育社1970年)
往時の少年、憧れの昆虫図鑑!(保育社1970年)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント: 2
  • #2

    planetary-n (金曜日, 28 5月 2010 16:46)

    ラフィキさん、コメントありがとうござます。
    
一端を知って頂き嬉しく思います。


    「ジャコウ」は「麝香」ジャコウジカから取れる香料の名前です。ジャコウアゲハもそれに似た匂いを出すのでそう呼ばれています。それは知ってましたが、「麝香」が、英語で言う「ムスク」のこととは知りませんでした。(ネット調べ)お香等にありますね~。他にジャコウネコ、ジャコウネズミ、ジャコウウシ、等がいるようです。

    逆行して御覧になると色々辻褄が合わないかもですね〜(笑)。
    しかしわざわざ過去に遡ってまで見て頂き、まことにありがとうございます!深く感謝します。

  • #1

    ラフィキ (水曜日, 26 5月 2010 22:15)

    これで不可思議な人間の一端が分かった気がする。
    名前のじゃこう・・は何を意味するのか。じゃこうを持つ動物はまだ居るように思う。
    今年は時間が出来たらコメするようにしているので逆行している。変な気持ちで書いている。